インドの魔術師 ラマヌジャンってだれ? 今日の数学#391

今日の数学問題#391

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数学コラム

みなさんこんにちは!京都市中京区で学習塾を運営しております。油谷拓哉(ゆたに たくや)です!

インドと言えば数学に紐づいた連想をする方が多いのではないでしょうか?

シュリニヴァーサ・ラマヌジャンはインドの魔術師と言われその生涯においておよそ3900もの結果をまとめ上げたと言います。

「インドの魔術師」ラマヌジャンってだれ?

シュリニヴァーサ・ラマヌジャンは(1887年12月22日〜1920年4月26日)に活躍したインドの数学者です。

純粋数学の訓練をほとんど受けていないにも関わらず柔軟な発想とひらめきで解決不可能とされていた数学問題の解決にも貢献しています。

ラマヌジャンの生涯は「奇蹟がくれた数式」として2016年10月22日に映画が公開されている。

ラマヌジャンは1887年に南インドのエロードという村に生まれます。

ラマヌジャンの家系はヒンドゥー教の最上位であるバラモンで肉も卵も魚も口にしない菜食主義であった。

ラマヌジャンは13歳の頃には大学レベルの微分積分などを理解したと言われている。

イギリスの数学教師であるジョージ・カーの「純粋・応用数学基礎要覧」に出会い6000以上ある数式を自分の手で証明する事に没頭する。

ラマヌジャンは自分が証明した定理や公式を石板に記録していき、気に入ったものだけを当時貴重だった紙に書いていった。

自ら研究成果をイギリスに送りケンブリッジ大学のハーディの目に留まる。

カースト制度は海外渡航をすると失う事になる中、彼はケンブリッジ大学に入学を果たしたが、菜食主義を貫き食事ができず、さらに第一次世界大戦による食糧難を受け病に侵されてしまう。

インドに戻り、32歳の若さでこの世を去ってしまう。

ラマヌジャンの功績

ラマヌジャンが記した整式論の中には現在私たちが使用するインターネットの効率化のためのシステムにつながっていると言います。

彼の独創的なアイデアと従来の常識を覆す研究は何千もの結果のうちほとんどが正しいと証明されている。

彼の記した数式は死後数十年に渡り研究されてきた。

ラマヌジャンは数学教育を受けていなかったため証明という概念を知らず、業績としては評価されにくいものの、後に研究が続けられ、多くの数学者や問題解決にきっかけを与えている。

数学者というよりも彼は芸術家だったのかもしれない。

以上!京都市中京区のアイデア数理塾 ゆたに たくやがお届けいたしました!

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